世界は村上春樹をどう読むか

現代のニューロサイエンスから見れば、心の中のマップと外的現実との境界は、そのつどとりあえずの多面的な交渉から生じるものにすぎず、境界線のどこがいつ破れてもおかしくない、なんとも危うい状態にあります。
共同体に属す夢。それはわれわれの中にある部屋ですが、そこにはわれわれが相続した他人の所有物があって、われわれはそれを探求し発見しなくてはならない。
リチャード・パワーズ:「ハルキ・ムラカミ−広域分散−自己鏡像化−地下世界−ニューロサイエンス流−魂シェアリング・ピクチャーショー」,2006)

「井戸を掘り下げることによって、他者と繋がる」という村上春樹的なものは、ユングの「集合的無意識」だとか、「物語の効用」だとか、色々な解説がこれまでもされていた。
リチャード・パワーズ氏は、脳神経科学で『「モノをつかむ」“動作をする”ときに反応するニューロンは、「目の前の他人がモノをつかむ」のを“見ている”ときにも反応する』という事実が検証されたということを切り口にして、前述の考え方が説明できるようになったと主張する。
これは、例えば「レモンを想像するだけで、唾液が出る」という現象を科学的に説明できることと等しい気がするが、氏はより希望の持てる発展的な解釈をしている。

この本は、今年の3月に開催された「春樹をめぐる冒険―世界は村上文学をどう読むか」というシンポジウムの記録。自分もわざわざ参加申し込みをしていたのだけれど、抽選で外れてしまって直接聞くことはできなかった。実際は講演は全部英語だったので、行ってもどうせ内容が聞き取れないことに変わりはないのだけれど…