サクリファイス

サクリファイス

サクリファイス

先頭集団の姿は先の方に見えた。なんとしてもあそこまで追いつかなくてはならない。ぼくのゴールは、ゴールゲートではない。あの集団なのだ。
振り返って叫ぶ。「引きます。ついてきてください」
平坦ほどではないとはいえ、山岳でもアシストが前を引けば、後ろの選手は楽に走ることができる。力を温存することができる。
もし、ぼくがゴールまで行く力をすべて使って、あの集団まで行けば。そう、それがぼくの役目だ。その後はすべてエースに託せばいい。
心拍数が上がるのもかまわず、ぼくは速度を上げ続けた。

サイクルロードレースを題材にした中篇小説。
物語は、関西を拠点に活動する国内実業団チームが、ツアー・オブ・ジャパン(作品中では"ツール・ド・ジャポン")やヨーロッパのステージレースを舞台に繰り広げるミステリー。
12th TOUR OF JAPAN
この設定だけでも、なかなかマイナーな自転車競技だとか、日本とヨーロッパの関係だとかが書かれていて興味深い。それが"アシスト"という存在とともに、物語の中心を成している小説というのは、他にはまだないんじゃないかという気がする。
自分自身、自転車には乗っていても、チームロードなんてもちろん走ったことはない。ロードレース自体も、一度だけジャパンカップのコースになった宇都宮森林公園のJCRCに出場したものの、疲れ果てて注意散漫になり、なんでもない平坦なカーブで単独でガードレールに突っ込んで以来、怖くて走っていない。
それでも、この物語にでてくる選手の心持はきっとこんな風なのか(/あるいは脚色に過ぎないのか…)と想像しながら読んだ。
実業団で走っていた友人に読んでもらって、経験者の感想を聞いてみたくなった(>今度貸します)。