沈まぬ太陽

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)

「実は、私は来年一月の人事で、多分、本社に帰ることになる、どうだ、君もそろそろ、本社へ戻ることを考えては。わが社も、益々、規模が大きくなり、ナショナル・フラッグ・キャリアの形とは整ってきたが、中身が伴わない、航空会社に中身が欠けているということは、メーカーや商社など、他の業種とは異なり、非常に危険だ」
人命を預かる上での危険――、空の安全を示唆していた。
「おっしゃることはよく解ります、しかし今の会社が、私を受け入れることはあり得ないと思います」
カラチ、テヘランの後、オフラインのナイロビまで盥廻しにし、放置したままの会社の仕打ちを、思った。
「国航労組は、もしかして察しをつけてくれるかもしれませんが、とどのつまり、総支配人にご迷惑をおかけすることは、目に見えております、そして会社は、私が筋を曲げ、踏絵を踏まない限り、そういう人事は発令しないはずです」
「そうか、君はよほど会社から裏切られ続けてきたんだな―ー、だが、君のような人材が、むざむざと、ナイロビに埋もれたままでは、見るに忍びない、これが、私が力になれる最後のチャンスかもしれない」
「なんと御礼申し上げていいか……、言葉もありません、ですが、ご放念ください」
と云うと、南は、恩地を正視できぬように、暖炉へ目を向け、
「会社が、一人の人間を、ここまで追いつめるとは――」
あとは、絶句した。

航空会社に勤める男性が、状況に流されるまま労働組合委員長となり、ストライキを行い、その報復人事で長期間の海外勤務を経るストーリーが「アフリカ編」。そして、520人の死者を出した御巣鷹山墜落事故の事故処理に奮闘する姿を描いたのが「御巣鷹山編」。

沈まぬ太陽〈3〉御巣鷹山篇 (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈3〉御巣鷹山篇 (新潮文庫)

いずれの編についても、モデルとなる企業や人物が存在するということで、御巣鷹山の事故の状況や労働組合ストライキやその後の人事も事実に基づいたものであるとのこと。だけれど、ストーリー自体は冒頭でも注記されているように「小説的に再構築」、すなわちフィクションであるという前提で読んだほうが良いのかもしれない。組織において、ある特定の人物に的を絞ってストーリーを構成したときに、ある種の公平さだとか客観性を失うことは、プロジェクトXなどでもそうだけれど、仕方がないことで、読み手がそれを注意深く割り引く必要がある。
そして、物語として受け止めたときでも、主人公の恩地元が経る流れはとても生々しい。その場その場では意志に基づいて最適な決断を繰り返し、そして決断に対して筋を通し続けた結果の不遇。なぜ筋を通して不利益を被るかというと、意志に基づかずに近視眼的な判断を繰り返し、自らの行動の一貫性に重きを置かない人々が存在するため。
大企業だとか国家の持つ慣性と、個人としての一貫性を比較すると、前者が余りにも大きい。だけど、きっと後者の影響力をゼロにしてしまわないような組織が、長期的に生き残るのでは…とも思える。
秋に渡辺謙主演で映画公開。
引き続き「会長室編」を読み進める。