オーデュボンの祈り

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

オーデュボンの祈り (新潮文庫)

「この島に欠けているものは何だ?」唐突に、日比野が質問をしてきた。
「カケテイル?」
「足りないものだ。それを教えてほしい」
「『ここには大事なものが、はじめから、消えている。だから誰もがからっぽだ』」
「な、何だい、それ」日比野の台詞は、短歌のできそこないに聞こえた。
「昔からこの島に伝わっている言葉だよ」

外界から遮断されている仙台沖合の島を舞台にした小説。

「状況によって変わるって、天気だとか、温度だとか?」
「たとえば、ある男女が出会う可能性があるとします」カカシの声は、妙に優しい。
「あくまでも可能性です。その日の天気が雨であったら、いえ、もっと言ってしまえば、歩く道に小さな虫の死骸が落ちていたとしたら、それだけで男性が歩くコースを変えてしまうかもしれません。そうなると、女性とは会えない。未来を断定するには、細かいことを知っている必要があるのです。そして、遠く離れた将来のことになればなるほど、ディテールは把握しにくくなります」
「だから断定できない」ぼくはうなずく。「ってこと?」
「私は、無責任なカカシなんですよ」

未来を予測する"喋るカカシ"が登場する。
奇妙に見える前提を受け入れた先には、感性の論理(言葉で筋道立てて説明することはできないけれど、"腑に落ちる"感覚)にガチッとはまる展開に導かれていく。
「重力ピエロ」もそうだけれど、伊坂幸太郎さんの本は"法の枠では説明しきれない正しさ"に対するもどかしさを原動力に物語が進んでいく。ミステリー小説でありながら、探偵物・刑事物のようなストーリー展開にならないところは、きっと著者が法学部出身であることとも少なからず関係しているような気もする。

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)

こちらの世界観とも近い穏やかさがある。面白い小説。