重力ピエロ

重力ピエロ (新潮文庫)

重力ピエロ (新潮文庫)

「この演奏しているのが盲目だと聞いて、俺には納得がいったよ」父が笑った。「この楽しさはそういう人間だから出せるんだ」
「そういう人間?」
「目に見えるものが一番大事だと思っているやつに、こういうのは作れない」父のいわんとすることは、薄らとではあったが、分かった。この「軽快さ」は、外見や形式とは異なるところから発せられているのだろう。
「この演奏者はきっと、心底ジャズが好きなんだ。音楽が」父がうなずく。
「本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ」春は、誰に言うわけでもなさそうで、噛み締めるように言った。「重いものを背負いながら、タップを踏むように」
「ピエロが空中ブランコから飛ぶ時、みんな重力のことを忘れているんだ」

自分/他人の背負っているものの「重さ」にばかり着目する人は、その裏にある意図が善良なものであれ邪悪なものであれ、想像力に欠けて思考停止しているという点では、似たり寄ったりの程度の価値しかない。
重力なんて主観でみれば大した意味などないとばかりにタップを踏んでみせる人こそ、世界をより良い場所に変える力を持つ。