茂木健一郎の脳活用法

http://www.nhk.or.jp/professional/backnumber/080429/index.html
「プロフェッショナル 仕事の流儀」というTV番組のキャスターを務める茂木健一郎氏自身が、「脳科学者」という自らの立場から「勉強法」「集中法」「コーチング」などについての見解を述べるというのが、この放送回の趣旨。
このNHKの番組を見た人が記述した放送内容のまとめから、Q&A部分の引用を以下に示す。

脳とリーダーシップの関係。うまくいくか分からない新しい仕事を任されたとき、人を巻き込み成功させる方法は?

  • まずリーダーが確固たるビジョンを持ち、この新しい事業は成功するという揺るぎない信念を持つこと
  • 自分の中で揺らぐことがあるとしても、それを絶対に部下に見せてはいけない
  • 脳は、確実なものと不確実なもののバランスを取ろうとする。そのときに、リーダーがビジョンがあって、確固たる信念がある場合、確実なモノを作ってくれる。その分だけ、不確実なことを受け入れている
脳は変わることができる!プロフェッショナル 茂木健一郎スペシャル - 人間学とコンピュータを極める。

茂木氏のこの回答は、以下のように構成されている。

  1. [リーダシップについての見解]人を巻き込んで仕事を成功させるためのリーダシップとは、確かなビジョンと成功への信念を持ち、それをメンバーに提示すること
  2. [脳科学の見地]脳は、確実なものと不確実なもののバランスを取ろうとする
  3. [脳とリーダシップの関係]1.の見解は2.の見地からも説明できる

上で引用したエントリのまとめを見ると、「脳科学の見地から、さまざまな分野についての見解を述べる」論理展開について、「水からの伝言」と同様に、「科学的事実(らしきもの)を振りかざして、その分野に精通しない多数の人々を惑わせている」という批判が、コメントとして指摘されている。「水からの伝言」とは、水の結晶の写真集を用いた小学生の道徳教育のためのエッセイで、以下のような構成になっている。

  1. [コミュニケーションについての見解]よいコミュニケーションとは、人に「ありがとう」を多く言い、「ばかやろう」を余り言わないこと
  2. [水の結晶観察の見地]「ありがとう」と話しかけた水の結晶は綺麗な形をしていて、「ばかやろう」と話しかけた水の結晶は壊れている
  3. [水の結晶とコミュニケーションの関係]1.の見解は2.の見地からも説明できる

ここでコメントとして指摘]されている批判は正しい。モラルや行動規範といった測定不能な事柄を、科学的見地などの測定可能な事柄からのアナロジーで説明するということは、確かに一歩間違えればとても危険なことで、例えば国家や企業が邪悪な意思を持って悪用すれば、ひどい結果になる。「水からの伝言」は、道徳教育に手を焼いた小学校の先生が、科学的事実という権威の力を借りて子供達を納得させてやろうと考え、疑わしいと思いながらも、エネルギー節約のために積極的に受け入れてしまったという経緯があるのではないかと憶測できる(言うまでもないけれど、水からの伝言の2.部分で、結晶写真のサンプリング手法に問題があって、恣意的な結果が作り上げられているはずで、科学的な正当性はどこにもない)。
これらの論理展開自体には(紛らわしいものの)悪いところはなくて、発信する人/受信する人がどのような思いとリテラシーを持って受け入れるかという、モラルの問題に帰着するはずだ。
と、前振りが非常に長くなってしまったけれど、最初に引用した茂木氏のメッセージは面白い。ここでいう「確実なものと不確実なもののバランス」というのは、「カオスの縁で自己組織化が起こる」という複雑系科学の側面からの脳へのアプローチのことを指しているのではないかと思う(「未知の素粒子」や「宇宙の起源」と同様に「脳科学」についても、理論家がモデルを提示して実験家がそのモデルを検証するという掛け合いを通して、少しずつ進歩しているのだろう)。
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そして、メンバー個々人が受け入れて管理できる不確実性の総量を高めることが、新しい仕事の成功確率を高めるというのは、きっと正しい。茂木氏の脳科学的なリーダシップ感というのは興味深い。