青が消える
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2002/11/21
- メディア: 単行本
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「青はまことに美しい色であります、岡田さん」と総理大臣の声は静かに言った。「ご存知でしょうか。私の好きな短歌にこういうものがあります。『白鳥は哀しからずや/空の青/海のあをにも染まずただよふ』、なんという美しい短歌でしょう、岡田さん」
「ねえ総理大臣、青がなくなってしまったんですよ」と僕は電話に向けて怒鳴った。
「かたちのあるものは必ずなくなるのです、岡田さん」と総理大臣は言い聞かせるように僕に言った。
「それが歴史なのですよ、岡田さん。好き嫌いに関係なく歴史は進むのです。石油だってなくなります。ウラニウムだってなくなります。コミュニズムだってなくなります。オゾン層だって、二十世紀だって、ジョン・レノンだって、神様だってなくなります。スイング・ジャズだって、LPレコードだって、人力車だってなくなります。岡田さん、どうして青がなくなってはいけないのですか、岡田さん。明るい面に目を向けなさい。何かがひとつなくなったら、また新しいものをひとつ作ればいいじゃありませんか。そのほうが経済的だし、それが経済なのですよ、岡田さん」(略)
でも青がないんだ、と僕は小さな声で言った。そしてそれは僕が好きな色だったのだ。
20世紀最後の夜,街中から青という色が消えてしまうのに,そんなことには誰も興味を示さない,そして「僕」は「国民の疑問に総理大臣の声が個別に答えてくれるコンピュータ自動応答システム」に電話をかけると,先のやり取りが交わされるという92年に書き下ろされたストーリー.
「青が消える」という設定に,賛否両論が分かれそうなのだけど,それ以上に,この「自動応答システム」が何かに似てるんじゃないかという気がした.現実の21世紀の日本では「総理大臣の声」はメールマガジンという形で提供されていたんだなと思い出す.短歌を引用しちゃうところとか,妙に開き直った論を展開しているところとか…
偉い立場の人が,人々に分かりやすく何かを伝えようとすると,そのメッセージはシンプルで断定的なものにならざるを得ないということなのか,それとも何か他に根本的な問題が存在しているのかな.